向島をまるごと発信!一人とみんなで作る島の情報誌 Sima-sima-尾道市向東町-

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向島の最高峰高見山からの景色

尾道・瀬戸内のおいしいものたのしいことをお届けするお取り寄せサイト尾道スーベニアです。今日は尾道の中でも尾道水道を隔てた先にある小さな島、向島(むかいしま)へ行ってきました。向島はJR尾道駅前にある渡船か
ら小型フェリーで約5分、または車で尾道大橋を渡って約15分で到着します。本州と向島をつなぐ尾道大橋は2013年に通行料が無料になり往来しやすくなりました。私も向島の穏やかな海や自然を求めて子どもとよく出かけています。最近ではサイクリストも多く見かけるようになりました。そんな向島に小さな文具店兼編集室があるのをご存じですか?向島と文房具を愛すクリの文具店主・Sima-sima編集長の栗本綾子さんにお話を伺ってきました。

向島の魅力に気づいた瞬間

大阪市出身で結婚を機に向島に転居した栗本さん。大阪時代も転居後も印刷会社でお仕事をされておられました。しかし、当時の業界の流れとして、子育てとの両立はそれ相応の覚悟が必要と、上司からも念を押される状況下、それでも子どもを預けて仕事をするのなら、自分の作りたいものを制作したいと思うようになっていた頃、地域情報誌を制作する部署から社内公募があり、広告制作から地域情報誌制作へと異動することができました。そこで3年ほど働いた後、第二子を授かり、二児を抱えての継続は不可能と諦め、退職されたそうです。

専業主婦として子育てする中、向島にあるマリンユースセンターで子どもと遊んでいた時のこと。すべり台をすべっている子どもを見守りながらすべり台越しに広がる美しい景色にふと目が行きました。そこに広がる瀬戸内海の美しさに、こんなにもすごい場所で自分は暮らしているのだと………改めて自らが過ごす向島という場所のすばらしさに気づかされたという栗本さん。この日の感動をずっと心に留めていたそうです。

海が目の前にある
マリンユースセンターのすべり台


sima-sima誕生のきっかけ

そんな日々を過ごしている時、向島でお店を営む知人に「向島で頑張っている人もいるのに、マスコミがとりあげるのは尾道の市街地と因島・大三島。向島は取り残されてただ通り過ぎるだけの場所になってしまっている。自分たちで発信することはできないか」と言われ、自分があの時感じた向島の魅力を、島の人にも再認識してもらいたい、さらに島の中で活躍される人たちの点と点がつながり線から面になってくれればと、2013年の暮れ栗本さんは一念発起。まずは向島に住む人が、島をもっと知り、もっと楽しめるための情報マガジンを作ろうと決意しました。情報誌制作の経験を活かして、たたき台を作成し色々な方に読んでもらいました。取材から編集まですべてをほぼ一人でこなし、時には娘さんを連れて取材に繰り出すことも。島で暮らす人々の意見を取り入れながら、2014年11月向島に住みながら作る島人による島人のための向島限定フリーマガジン『Sima-sima』創刊号が完成しました。創刊当時11歳になっていた娘さんが、自分は保育園に預けられ会社勤めをしていた時、育児との両立に苦しんでいたことを知っていたこともあってか「すごいね。(会社に行かなくても)おうちでできたね。」とSima-simaが完成したことを喜んでくれたことが忘れられない思い出だそうです。Sima-simaは向島にあるお店や島に暮らす人のこと、位置関係が一目でわかるSIMAP(島の地図)や島の歴史、フォトギャラリーなど日々変化する島の〖今〗を切り取った内容です。創刊号からvol.3までの三部作、表紙の写真には瀬戸内海に浮かぶちいさな無人島百貫島(ひゃっかんじま)を必ず入れるこだわりも。発行は年に1回『できた時発行する刊じ』と、島での時間の流れを大切に取り組まれています。

Sima-sima vol.1~vol.3

実は島の事が大好きだった

創刊号が完成し、印刷所へ原稿を渡す頃になって、島には新しい流れが。今では、大人気となっている『USHIO CHOCOLATL』や『立花食堂』がオープンしました。しかし、どれも載せることができていないということで、とりあえずやってみようで始まった『Sima-sima』の制作は、vol.2へと繋がることになったそうです。

向島に来たばかりの頃や創刊以前は、栗本さんが大阪出身だというと、島の人々から『向島には何もない』『こんな所によく来たね』という声が聞こえていました。そのことを真に受けて、こんなに素敵な島なのになんと残念なと感じたそうです。ですがその後制作を続けるうち島に住んでいる人が、大阪人とは違いとても謙虚で、実は島のことが大好きだったということに気づきました。創刊号を見て、向島をとりあげた冊子などこれまで見たことがなかったと大喜びしてくださる古くから向島に住む人の声、「Sima-simaよかったよ」「次はいつ頃でるん?」など少しずつ反響があり、その声をエネルギーに制作を続けることができました。

sima-simaの大きな転機

なんとかvol.3まで続けることができ、Sima-simaが大きな転機を迎えます。中国新聞に栗本さんとSima-simaの事が掲載され記事を見た大阪時代の大学の友人から連絡があり、話を聞いてみるとその時初めてその友人が向島出身という事を知りました。また、その方のお父様(村上選さん)が洋画家という事を知り、お父様の作品【尾道水道F15】をお借りすることができvol.4の表紙となりました。

村上選さんの作品が表紙となったvol.4


この絵を表紙に決めた時、”この素晴らしい作品を折り曲げるわけにはいかない”という思いからそれまでの大きなサイズ(B5)からカバンにすっぽり入る小さなサイズ(A5)にSima-simaをリニューアル。この絵との出会いがSima-simaの転機となり”自分は向島に呼ばれてきたのだ”と栗本さんは考えるようになりました。これまでは島の人の意見を取り入れながら『島の人のためにやらせてもらっている』という思いで制作を続けてきたSima-simaですが、vol.4からは『自分のために作ろう』というに気持ちに少しずつ変化していきました。

Sima-sima vol.4~vol.8


小さな岩子島が繋げた出会い

Sima-simaを作るうえでたくさんの応援してくださる方との出会いがあったと教えてくれた栗本さん。その一人は、ご主人のお仕事の関係から向島に住むことになり、昔から残る神聖な場所や優しさあふれる岩子島(いわしじま)の空気に魅了され岩子島の魅力をつたえるマップを作りたいと会いにきてくださった方。岩子島とは向島と小さな赤い橋で繋がっている周囲約8㎞のこじんまりした島です。Sima-simaの創刊号とvol.2号を読んでくださり、制作のお手伝いをしたいとも言ってくださった事をきっかけにvol.3から、岩子島コーナーを始めました。Sima-simaの『-』は、様々の人・物・事が繋げられたらと言う想いからついているそうです。実際、様々な人・物・事が繋がっていっています。現在は岩子島コーナーではなくなり、向島町の岩子島として共にあるという意味も込めて表紙の島モチーフに岩子島が加わっています。

向島に寄り添うように岩子島が


偶然の出会いで生まれた新しいページ

vol.6からは島内で偶然出会ったサイクリストたろうさんによる、サイクリストのためのコーナーも始まりました。向島は周囲約20㎞で自転車だと2~3時間で1周できます。海にぐるりと囲まれた向島はサイクリストに大人気のサイクリングロードで楽しみ方は無限大なのだとか。そのためSima-simaでも西巡り、東巡りなど地図に沿った様々なコースを提案しています。サイクリングの途中で立ち寄れるスポットも満載です!


島の成長とともに増していく向島の魅力

「Sima-sima発行のたびに、どんどんクオリティーがあがってきているね」という嬉しいお声が聞こえてくるようになりましたが、栗本さんは島全体のクオリティーが年々上がっているから、自然と紙面の雰囲気も変わってきたのだと話してくれました。ここ数年で店舗も増え、サイクリングや様々なマリンスポーツ等のアクティビティ体験ができるようになりより魅力的になった向島。Sima-simaもそんな向島とともに刊を増すたびレベルアップしていることがお話の中で伝わってきました。島にはSima-simaを見て、移住を決心しました。という方も増えてきているそうです。お店やクリエイティブな活動をされている方が移住されてくることも多いのですが、なによりゆったりとした雰囲気や人々の気風、他を受け入れる力と寛大さが向島の大きな魅力だという事を感じました。

Sima-simaで点と点が線から面になり、島の人々の繋がりもより強くなり、今後も進化が止まらない向島から目が離せません!Sima-simaとともに成長していきたいと力強く話してくださった栗本さん。人に何か伝えるという事に使命感を持たれていて、そのエネルギーがSima-simaを作る原動力になっているようでした。栗本さんに会えるクリの文具(Sima-sima編集室)は国道317号線沿いの東西橋筋にあります。尾道駅前渡船から船で渡って、徒歩で約10分の距離です。尾道観光の際は向島にも遊びにきてぇね。


クリの文具(Sima-Sima〈シマシマ〉編集室) 

広島県尾道市向東町1103-6
https://www.sima-sima.net
営業時間 12:00~18:00
定休日 月・金曜日
駐車場 有